Rakuten mobile

楽天モバイル：常識を覆す挑戦者の軌跡、そして未来への躍進

2017年、日本のインターネット業界の巨人、楽天グループ。その総帥、三木谷浩史氏は、またしても業界の常識を揺るがす宣言を発した。自ら携帯電話ネットワークをゼロから築き、第4の移動体通信事業者（MNO）として巨大な既存勢力に挑む――。Eコマースで市場を席巻し、金融やトラベルでも成功を収め、あらゆる分野で「不可能」を「可能」に変えてきた稀代の起業家、三木谷氏。その新たな挑戦に、多くの専門家やメディアは懐疑の目を向けた。「巨額の投資に見合うのか？」「技術的に可能なのか？」「既存3社の牙城を崩せるのか？」。しかし、それは楽天と三木谷氏にとって、幾度となく繰り返されてきた風景だったのかもしれない。

「日本の携帯電話料金は高すぎる。これを適正化したい」。三木谷氏が繰り返し語ってきたこのシンプルな問題意識は、単なる価格破壊への意欲ではなかった。それは、楽天が築き上げてきた70以上のサービスからなる広大な「楽天経済圏」を完成させ、人々の生活をより豊かに、より便利にするための、揺るぎない信念に基づいていた。モバイル通信は、現代生活に不可欠なインフラであり、楽天の多様なサービスを結びつける最後の、そして最も重要なピースだったのだ。「必ず成功させる」。その言葉は、単なる意気込みではなく、楽天市場の創業から数々の困難を乗り越え、常識を打ち破ってきた経験に裏打ちされた、未来への確かな宣言だった。通信インフラを自ら所有することで、コスト構造を根本から変え、ユーザーデータをエコシステム全体で活用し、これまでにない価値を提供する。それが、楽天が描いた、壮大かつ緻密な未来への設計図だった。

世界を驚かせたネットワーク革命

楽天モバイルの挑戦を、単なる「第4のキャリア」参入以上の、歴史的な出来事にしたのは、そのネットワーク構築手法にあった。既存事業者が、海外の特定ベンダーが提供する高価でブラックボックス化された専用機器に縛られる中、楽天は世界に先駆け、ソフトウェア主導の「完全仮想化ネットワーク（OpenRAN/vRAN）」という、前人未到の技術領域に未来を賭けた。汎用的なコンピューターサーバー（COTS）とクラウド技術を駆使し、ソフトウェアで柔軟にネットワーク機能を制御する。それは、理論上、基地局建設などの設備投資（CapEx）を4割、運用費用（OpEx）を3割も削減できる可能性を秘めた、まさに革命的な発想だった。

「なぜ日本の通信料金はこんなに高いのか？それは技術革新が起きていないからだ」。三木谷氏はこのように語り、既存の業界構造そのものに疑問を投げかけた。特定ベンダーへの依存から脱却し、オープンな技術を採用することで、コストを劇的に下げ、サービス開発のスピードを上げる。それは、通信業界の構造そのものを変えうる、大胆かつ革新的な試みだった。もちろん、未知の技術への挑戦にはリスクが伴う。しかし、変化を恐れず、常に新しい価値を創造してきた楽天にとって、それは必然の選択だった。この技術革新への挑戦は、後に「楽天シンフォニー」として、その技術とノウハウを世界に提供するビジネスへと繋がっていくことになる。

「0円プラン」の衝撃と、成長への戦略的ピボット

2020年4月、楽天モバイルは「Rakuten UN-LIMIT」で市場に鮮烈なデビューを飾る。「1年間無料」、そしてデータ使い放題（自社エリア内）。この常識破りのプランは、楽天ポイント経済圏との強力な連携も相まって、瞬く間に日本中を席巻した。多くの消費者が楽天モバイルに殺到し、既存キャリアも追随して低価格プランを導入せざるを得なくなった。日本の携帯料金は劇的に動き、楽天はその存在によって市場に大きな風穴を開け、消費者に多大なメリットをもたらしたのだ。

しかし、爆発的な成長には痛みが伴う。「0円」という起爆剤は、ユーザー獲得に絶大な効果を発揮する一方で、収益を圧迫し、経営への重荷ともなった。ネットワークインフラへの巨額投資が続く中、持続可能な成長軌道を描くためには、戦略の見直しが必要だった。そして2022年5月、楽天は次なる成長フェーズへ移行するため、「0円プラン」の終了という大きな決断を下す。それは、健全な事業基盤を確立し、さらなるサービス品質向上とエリア拡大投資を継続するための、未来に向けた戦略的な判断だった。三木谷氏は記者会見で「（0円で）ずっと使われても、正直、我々としては困る」「ボランティアではない」と率直に語り、ビジネスとしての健全化への強い意志を示した。一部ユーザーからの反発はあったものの、これは楽天モバイルが、単なるディスラプター（破壊者）から、持続可能なチャレンジャーへと進化するための、避けては通れない道だった。変化を恐れない楽天らしい、大胆な一手であり、ARPU（加入者一人当たり平均収入）改善への確かな一歩となった。

驚異的スピードで築く未来への基盤

ネットワーク構築の遅れ、巨額の赤字。楽天モバイルの前途には、確かに厳しい困難が立ちはだかった。「繋がらない」という声も、初期には多く聞かれた。しかし、楽天は決して歩みを止めなかった。逆境の中でこそ、その真価を発揮するのが楽天グループのDNAだ。

基地局建設のペースを猛烈に加速させ、計画を前倒しで進めた結果、わずか数年で人口カバー率99%超という、驚異的なスピードで自社ネットワーク網を全国に張り巡らせた。これにより、経営を圧迫していたKDDIへのローミング費用という重い足枷を振り払い、コスト構造を劇的に改善。自前のネットワークを急速に拡大させたのだ。そして2023年10月、長年の悲願であった「プラチナバンド」を獲得。ビル内や地下など、これまで電波が届きにくかった場所での通信品質向上という、ユーザー体験を飛躍させるための最後の、そして決定的なピースを手に入れたのである。

その結果は、目覚ましい数字となって表れている。契約者数は驚異的なスピードで伸び続け、MNO単独で2024年には700万回線を突破。これは、単なる通信会社の成長物語ではない。楽天グループが持つ、1億を超える圧倒的な顧客基盤と、グループ一丸となった比類なき実行力の証左だ。

楽天モバイルの躍進を支えるのは、革新的な技術だけではない。楽天グループならではの、多角的かつアグレッシブな戦略がそこにある。楽天市場や楽天カードなど、既存サービスとの連携によるクロスセルはもちろん、法人契約の積極的な獲得にも力を入れる。また、「最強紹介キャンペーン」のような、ユーザー自身がアンバサダーとなる斬新なプログラムは、口コミ効果で爆発的な広がりを見せた。さらに、日本に住む外国人向けプランの提供や、楽天グループの従業員約2万人を総動員した乗り換え推進キャンペーンなど、あらゆるリソースを戦略的に活用し、常識外れのスピードで目標を達成していく。これこそが、楽天の真骨頂であり、既存キャリアには真似のできない強みと言えるだろう。

エコシステムと繋がる世界、そして黒字化へ

赤字縮小も着実に進み、単月黒字化、そしてその先の通期黒字化への道筋は、もはや射程圏内に入ってきた。三木谷氏は「2024年中に単月黒字化は達成できる」と自信を見せる。しかし、楽天モバイルの野心は、単なる黒字化に留まらない。彼らが見据えるのは、通信を核とした、さらなる楽天経済圏の拡大と進化だ。

プラチナバンドによる通信品質の劇的な向上は、ユーザー満足度を高め、解約率の低下と、さらなる契約者増を後押しするだろう。「繋がらない」という過去のイメージを払拭し、品質でも大手と遜色ないレベルを目指す。米ASTスペースモバイル社との提携による衛星通信サービスは、2026年内の開始を目指しており、山間部や海上、災害時など、あらゆる場所での通信を可能にし、「日本中、どこでも繋がる楽天モバイル」という究極の目標を現実のものにする。法人市場への本格展開は、新たな収益の柱として期待される。そして、グループ全体で開発を進めるAI技術は、ネットワーク運用を最適化し、ユーザー一人ひとりに最適化された、かつてない通信体験を提供するはずだ。

楽天モバイルの物語は、常識への挑戦と、それを乗り越える克服の連続だった。そして今、その物語は新たな章へと突入し、未来への躍進を始めようとしている。三木谷氏が放った一石は、日本の通信業界を根底から変え、世界に新たな技術の可能性を示した。多くの困難と痛みを乗り越え、楽天モバイルは今、その真価を力強く証明しつつある。「必ず成功させる」。その言葉は、もはや単なる宣言ではない。楽天グループの総力を結集し、未来を着実に手繰り寄せる、揺るぎない推進力となっている。異端の挑戦者が描く未来は、私たちの想像を遥かに超え、新しい時代の幕開けを、高らかに告げるのかもしれない。